算数なんて将来役には立たないけれども


どうも。東出です。

 

ゴールデンウイークのハレの日々も明け、通常運転のケの日々が戻ってまいりました。

5月病にはなっていませんか?

結局のところ、やる気は行動したら勝手に付いてくるもの。

「やる気でないな」と思った瞬間、机に座って教科書を開きましょう。気づいたら捗っていますよ。

 


さて、休校期間明けの最初の授業で、わが校のとある小学生からこのような質問をもらいました。

「算数って将来使うんですか??」

件の生徒は、算数の難所である分数の割り算でつまづいていたタイミング。

苦戦している己の姿に疑問を感じ、このような質問をしたのでしょう。

 


まぁ、気持ちはわかります(笑)

私も小中学校のころに

「日本語は話せてるし、別に海外に住むわけでもないんだから勉強する必要なくね?」

といった具合に、国語と英語に対して似たような感情を持っていましたからね。

 


彼の疑問への私なりの結論は

「算数はほぼ使わないが、頭の使い方を訓練するために勉強している。」

ということです。

 


ぶっちゃけてしまえば算数の四則演算なぞ、頭でできなくても大して問題ではありません。

電卓を弾けばいいだけですし、現代ではみんな大好きチャッピー(グロック??)に聞けば勝手に計算してくれます。

算数に限らず、社会や理科で分からないことも、AIに聞けばなんでもまとめて教えてくれるでしょう。

 

 

ただ、それは決してあなたが賢いのではなく、あくまでAIがすごいだけです。

 


小学生が学ぶ算数、いわゆる義務教育というやつは、そこで学ぶ知識そのものにあまり価値はありません。

どちらかといえば「知識をもとに考える力」を培うために必要なものだと私は解釈しています。

 


すでに分かっていることを知り、知識を蓄え、得た知識をもとに考えて次の結論を得る。

算数は、あくまでそんな能力を身に着けるための材料にすぎません。

極論、小中学校で学んだことを忘れてしまったとしても、考える力が残っていればまたすぐに忘れたことを身に着けられますからね。

 


社会に出て、様々な問題に己一人で直面したとき、考える能力のない人間のメッキはみるみるはがされてしまいます。

丸一の生徒には、決して上っ面を取り繕うのではなく、己の本質を黄金に鍛え上げてほしいものですね。

 

 


【追伸】

もっともらしいことをそれっぽく伝えたところで、この世のすべてを疑い始めた小学思春期ボーイは耳を貸しません。

 

彼には

「将来結婚して子供が生まれたときに『パパ、分数の計算わかんないんだよねー!』って言う大人になりたい?」

とだけ伝えました。

 


その後の彼は、何も言わず黙々と勉強をしています。