恨みほどなんたら

泣きながら扉の前で謝り続けたことはありますか?

 

 

ワタクシはあります。

 

 

小学生の頃、友達と遊ぶ約束をしました。

 

当時はまだ携帯電話は普及しておらず、家の電話でしか連絡がとれない頃です。

 

学校から帰ったら家の裏の公園にすぐ集合という形でした。しかし家に帰ると母親からの急な書き置きで、「妹の幼稚園バスの迎えをしろ」と。

 

朝にはなかったイレギュラー。

 

急遽だったので、友達に遅れる旨を伝えに公園にいきました。

 

遅刻はギルティーです。約束は守るものです。しかし指令も大事です。

 

全てを守るためにした行動のつもりでした。

 

 

 

ところが、その間にバスが来てしまいました。

 

 

 

迎えがない場合、バスはそのまま幼稚園に戻ってします。

 

 

 

 

 

…もうおわかりですよね?

 

 

 

説明する暇すら与えられず、放り出されるランドセルと自分の荷物。

しっかりと鍵を閉められ、しばし絶望。

泣きながら謝る声がむなしく響き渡ったのは、少し寒くなってきた秋の頃でした。

 

 

 

 

これ、ワタクシが悪いんですかね????

 

 

 

ちなみに追い出した側は、覚えていないそうです。

恐ろしいですね。

 

 

心底、気軽に連絡がとれる今の時代が羨ましいです。

 

 

 

 

 

さて、こんなどうでもいい話は置いといて、秋に突入しました。

 

 

備えていてもイレギュラーは発生しますし、気を付けていてもミスは起きます。

しかしながら、勉強だけは積み重ねれば積み重ねるほど、ミスもイレギュラー(自分が勝手にイレギュラーだと思っているもの)も発生しなくなっていきます。

 

 

万事備えあれば、何事にも対処できるのが勉強なのです。

 

 

気温が下がり、冬に向かうほど、人は不安に駆られます。冬は作物が取れなくなる時期ですから、その備えのために秋があるのです。

 

 

勉強の実り、備えていますか?

 

 

不安が押し寄せる頃には、何も備えがないということがないように生きてほしいと思う、今日この頃でありましたとさ。